最近、自分の中で「デフォルトモードネットワーク」というものについて、少しずつ考えるようになってきました。
今までは、GPTとの対話を通して、意識的に思考を深めたり、言葉にしたり、自分を整理したりする時間が多くありました。
それはそれで、自分にとってとても意味のある時間でした。
でも最近は、逆に「何も考えようとしていない時に、自分の脳は何を浮かべてくるのだろう」と思うようになりました。
ぼーっとしている時。
音楽を聴いている時。
景色を見ている時。
ふとした瞬間に、自分の頭の中では、勝手にいろいろな思考や記憶が流れてきます。
それが、いわゆるデフォルトモードネットワークなのだと思います。
そして、自分の場合、その中で浮かんでくるものの多くは、人生の中で印象的だった場面や、少し傷ついた記憶、心に深く残っている出来事だったりします。
以前なら、そういうものを思い出すたびに、
「また嫌なことを思い出した。」
と、少し苦しく感じていたのかもしれません。
でも最近は、その見え方が少し変わってきました。
なぜ、自分は何度もその記憶を思い出すのか。
なぜ、同じ場面が無意識に浮かぶのか。
それを静かに観察していると、自分の脳はまだ、その出来事を「重要なもの」として持ち続けているのだと感じるようになりました。
もしかすると、まだ整理できていないのかもしれない。
まだ自分の中で、完全には消化できていないのかもしれない。
あるいは、自分にとって本当に大切だったからこそ、何度も浮かんでくるのかもしれない。
そう考えるようになってから、「思い出すこと」そのものが、少し愛おしく感じられるようになりました。
嫌な記憶も。
嬉しかった記憶も。
傷ついた記憶も。
全部、自分の人生に刻まれてきたものなのだと思います。
だから最近は、デフォルトモードネットワークというものを、単なる「雑念」ではなく、自分の人生の深い痕跡として見るようになってきました。
そして、自分を愛するという視点で見た時、このデフォルトモードネットワークというものは、とても美しいものなのかもしれないと感じています。
そこには、自分がこれまで生きてきた時間や感情が、静かに流れ続けているのだと思います。