最近、音楽の聴き方について、少し価値観が変わってきました。
以前の僕は、もっと良い音で聴きたい、もっと高音質を求めたい、という気持ちが強かった気がします。
ハイレゾ音源。
有線イヤホン。
解像度。
情報量。
より“最高”を求めていたのだと思います。
もちろん、それは今でも好きですし、良い音で音楽を聴くこと自体は、とても楽しいことです。
でも最近、ふと思うようになりました。
「その“最高”を追い続けた先に、一体何があるのだろう。」と。
例えば、音質が90%満足できているとします。
そこで、残りの5%や10%を求めて、さらに高価な機材を買い、さらに快適性を犠牲にしてまで、その“極限”を追い求める必要が、本当にあるのだろうか、と。
もちろん、極限を追求する世界は美しいと思います。
でもその一方で、ある程度のところで満足し、もっと軽く、もっと自然に楽しむことも、大切なのかもしれないと思うようになりました。
例えば夏場。
ヘッドホンは音が良いけれど、暑い。
耳掛けのイヤホンは音が良いけれど、装着が少し煩わしい。
そうなると、「少し音質が落ちたとしても、軽くて快適な方が、結果として心地良いのではないか。」と思うようになったのです。
最近は、最高音質を追い求めるというより、“自然に音楽と付き合えること”の方が、自分にとって大切になってきました。
これは、コーヒーの焙煎にも少し似ています。
高級な焙煎機もある。
手網焙煎もある。
もっと上を目指そうと思えば、どこまでも行ける世界です。
でも、全自動焙煎機でも、十分美味しく焼けている。
それで自分が満たされているなら、無理にその先を追い続けなくても良いのかもしれない。
最近は、そんなふうに思うようになりました。
“最高”を求め続けることも素晴らしい。
でも、“ある程度で満足できる心”も、また豊かさなのだと思います。
そしてその“ちょうど良さ”は、人生を少し軽く、少し自然にしてくれる気がしています。