長い間、自分とは何かを考えてきました。
自分の内面を見つめ、自分の気持ちを観察し、自分という人間を理解しようとしてきました。
その過程で気づいたことがあります。
よく、「答えは自分の中にある」と言われます。
私もそれは本当だと思います。
何を大切にしたいのか。何を信じたいのか。どう生きたいのか。
それらは誰かが決めるものではなく、自分の中から湧いてくるものです。
だからこそ、自分の内面を見つめることは大切です。
しかし、ここでひとつ不思議なことが起こります。
自分の内面を見つめ続ければ、本当の自分にたどり着けるのかと思っていました。
けれど、掘れば掘るほど、新しい自分が現れるのです。
昔はこう思っていたのに、今は違う。
これが自分だと思ったのに、また別の自分が現れる。
そうして気づいたのは、自分という存在は完成された何かではなく、泉のようなものだということです。
泉は常に水を湧かせ続けます。
感情も、考え方も、価値観も、その時々で湧いてくる。
そして、その湧いてきたものに対して、人は結論を出し、答えを求めます。
けれど、泉そのものが変化し続ける以上、その答えもまた変化していくのです。
だから私は、本当の自分とは何かという問いに対して、今はこう考えています。
本当の自分という固定された答えは、存在しないのかもしれない。
答えが見つからないのではなく、そもそも答えという形で存在していないのかもしれない。
そして、それが今の私にとっての答えです。
もちろん、この考えもまた変わるかもしれません。
でも、それでいいのだと思います。
なぜなら、自分という泉は今日も湧き続けているからです。