私は昔から責任感が強い方だったと思います。
仕事でも、日常生活でも、何か問題が起きると、まず自分に原因がなかったかを考える癖がありました。
そして気がつけば、「自分が何とかしなければならない」「自分が責任を取らなければならない」と考え、一人で抱え込んでしまうことも少なくありませんでした。
しかし最近になって、責任というものについて改めて考えるようになりました。
そもそも責任とは、一体何なのでしょうか。
世の中ではよく、
「誰の責任なのか」
「責任を取れ」
「責任者は誰だ」
という言葉が使われます。
そのため、責任とは誰か一人が背負うもの、誰か一人に帰属するもののように感じていました。
しかし現実の出来事は、そんなに単純なものではありません。
仕事でトラブルが起きたとしても、それは担当者一人だけの問題とは限りません。
仕組みの問題かもしれません。
体制の問題かもしれません。
環境の問題かもしれません。
情報共有の問題かもしれません。
あるいは相手側の事情も関係しているかもしれません。
いろいろな要素が重なり合って、一つの出来事が起きています。
それなのに、その複雑な現実を無視して、
「お前の責任だ」
という形で一人に責任を押し付けてしまう。
私は最近、それに少し違和感を覚えるようになりました。
もちろん、責任が存在しないわけではありません。
自分に非があるなら認めるべきですし、自分が責任を負うべき場面もあります。
しかし、それは必ずしも毎回100%自分で背負うという意味ではないと思うのです。
状況によっては自分が大きく引き受けることもあるでしょう。
相手側が引き受ける方が適切な場合もあるでしょう。
双方で分担する方が自然な場合もあります。
大切なのは、最初から犯人探しをすることではなく、その出来事をどのように着地させるのが最も合理的で、最も穏やかで、最も自然なのかを考えることではないでしょうか。
振り返ってみると、私は無意識のうちに責任を背負い込みすぎていたように思います。
そして、人は責任感が強いほど、何か問題が起きるたびに「自分が何とかしなければ」と考えてしまうことがあります。
しかし、それは時に自分自身を苦しめます。
さらに面白いことに、人は誰かから責任を押し付けられると、今度は自分も相手に責任を押し付けたくなります。
「お前の責任だ」と言われれば、
「いや、お前の責任だろう」
と言い返したくなる。
そうして責任の押し付け合いが始まります。
でも、それでは何も解決しません。
むしろ問題は複雑になり、人間関係も悪くなってしまいます。
だからこそ、まず自分が犯人探しをしないこと。
まず自分が誰か一人に責任を押し付けないこと。
それが大切なのではないかと思うようになりました。
責任とは、誰かを責めるためのものではありません。
責任とは、本来、状況に応答する力なのかもしれません。
問題が起きたときに、
誰が悪いのかを決めることより、
どうしたらみんなで前に進めるのかを考えること。
誰か一人を裁くことより、
どうしたら穏やかに着地できるのかを考えること。
その方が、ずっと自然で、ずっと人間らしいような気がします。
私はこれからも責任感を持って生きていきたいと思います。
けれど、それは何もかも一人で背負い込むことではありません。
世界は思っている以上に複雑です。
だからこそ、責任もまた、一人で抱えるのではなく、みんなで整えていくものなのかもしれません。