営業の仕事をしていると、一日の大半を車で移動しながら過ごします。

信号待ちをしている時や、街の中を走っている時、ふと周りの車を見ることがあります。

トラックを運転している人。

営業車に乗っている人。

子供を乗せた家族連れ。

高級車に乗っている人。

軽自動車で買い物へ向かう人。

その一人ひとりが、それぞれの人生を生きています。

私は以前、社会というものは一つの大きな塊のようなものだと思っていました。

しかし最近は、そうではないように感じています。

確かに、私たちは同じ日本という国に住み、同じ道路を走り、同じ社会の中で生活しています。

けれども、その社会の見え方は人によってまったく違うのではないでしょうか。

例えば、会社員として働く人は、仕事や給料、会社の人間関係や将来の昇進といった視点で社会を見ています。

一方で、資産収入だけで生活している人は、働いて生活費を稼ぐという感覚そのものが薄いかもしれません。

また、農家の人は天候や季節の移り変わりを基準に一年を考えるでしょうし、芸術家は作品づくりを中心に世界を見ているかもしれません。

同じ社会に生きていても、その人が見ている景色はまるで違うのです。

私は時々、これを「パラレルワールド」のようなものだと思うことがあります。

もちろん、SFに出てくるような別世界の話ではありません。

私には私の世界があります。

あなたにはあなたの世界があります。

私には私の人生があり、あなたにはあなたの人生があります。

同じ交差点で信号待ちをしていても、頭の中で考えていることはまったく違います。

同じニュースを見ても、受け取り方は違います。

同じ社会を生きていても、その人が感じている現実は違うのです。

だから私は、社会とは一つでありながら無数でもあるのだと思います。

物理的な世界は一つです。

しかし、その世界をどう見るかは人によって違います。

その人の経験、立場、価値観、環境によって、社会の見え方は変わります。

私は営業車を走らせながら、そんなことをよく考えます。

窓の外を走る車の数だけ人生があり、その人生の数だけ世界がある。

そして、それぞれの世界が重なり合いながら、一つの社会が形作られているのだと思うのです。