「忙しい」という字は、「心を亡くす」と書きます。

私は、この言葉には大切な意味が込められていると思っています。

忙しくなると、人は目の前のことを処理するのに精一杯になります。

あれもしなければならない。

これもしなければならない。

次はこれ、その次はあれ。

そんなふうに追われ続けていると、一つひとつのことに深く関わる時間がなくなっていきます。

本当は丁寧にやりたい仕事があっても、とにかく終わらせることが目的になってしまう。

本当は相手の話をしっかり聞きたいと思っていても、頭の中では次の予定を考えている。

本当はゆっくり味わいたい時間があっても、その余裕がない。

私は、それこそが「心を失う」ということなのだと思います。

なぜなら、心とは向き合うことの中に宿るものだからです。

人に向き合う。

仕事に向き合う。

趣味に向き合う。

家族に向き合う。

そして、自分自身に向き合う。

向き合うということは、その対象に心を込めるということです。

逆に言えば、向き合うことができなくなった時、人は少しずつ心を失っていくのかもしれません。

忙しいことそのものが悪いわけではありません。

生きていれば、誰にでも慌ただしい時期があります。

しかし、忙しさに飲み込まれ、一つひとつのことを雑に扱うようになった時、人は本来の自分らしさを見失ってしまうのではないでしょうか。

私は仕事で慌ただしくしている人を見るたびに、そんなことを考えます。

そして同時に、自分自身にも問いかけます。

私は今、目の前のことにちゃんと向き合えているだろうか。

相手に心を向けられているだろうか。

忙しさの中にいても、一つひとつを大切にすること。

目の前の人や出来事に、きちんと向き合うこと。

それが、心を失わずに生きるということなのだと私は思っています。

心は、向き合うところに宿る。

だから私は、どれだけ忙しい日々の中でも、向き合うことだけは忘れたくないのです。